2.新説「日本猫=コビー+αフォーリン」
宮廷と唐猫 - 文献・絵画に残る唐猫の姿
さて、「招き猫発祥の地『豪徳寺』」の記事で触れましたが、日本の文献に初めて猫が記されたのは、平安時代822年頃作の仏教説話集「日本霊異記」に化け猫として登場します。そして家猫として飼われた国内最古の記録としては、宇多天皇の889年2月6日の日記に、太宰府から贈られた黒い唐猫を5年に渡って大切に育てたことが書かれています。以後、花山天皇(在位985〜986年)の御製(ぎょせい:天皇自ら作成した文章)、996年頃の「枕草子」、1001年の「源氏物語」、1058〜1064年の「更級日記」に家猫として「珍しい唐猫」が描かれており、当時いた猫と恐らく区別して「唐猫」と記述されている節があります。
「猫の歴史と奇話」(平岩米吉著)によると、
また、宇多天皇の日記中に「頭を低くし尾を地につく」とあり、少なくとも宇多天皇が育てた唐猫は長尾だったことがうかがえます。しかし、その他には詳しく容姿を判断できる描写がありません。
文献に猫の身体描写がようやく記述されたのは1695年「本朝食鑑」に「狸の身、虎の面、柔毛利歯、長尾短腰、上の歯稜(かど)多きものを良しとす。能く鼠を捕る」とあるくだり。ただし中国の「本草網目」(1596年、李時珍著)にもほぼ同様の記述があり、これを踏襲した可能性もあるようです。
いっぽう絵画には、平安後期から家猫が登場し始めます。
覚猷(かくゆう 通称:鳥羽僧正、1053〜1140年)
「信貴山縁起」
「鳥獣人物戯画」
以降、総じて
- 鎌倉時代の涅槃図の猫
- トラ柄もしくは斑(ブチ)で長尾
- 室町〜江戸時代中期の絵画(睡猫図等)
- 時代が進むにつれトラ→斑へ、尾は長尾
これらを総合すると、「江戸時代中期」までに描かれた猫の大多数は
- 頬が丸く豊か
- 胴は短く丸く「狸の身」
- 長尾
という特徴があります。
※平岩米吉氏曰く、ただし江戸中期まで短尾の猫が全くいなかったわけではなく、絵画中にまれに登場している。
更に、頭部に関してCFAスタンダード的な私的見解を加えると
- 耳が離れている
- つり目で目尻が切れ長
- 鼻面(マズル)が長い
という点が各絵画に共通しています。狸のような胴体・頬が豊かで丸くつり目、耳が離れ気味なところは、猫種のボディタイプでいうコビーですが、鼻面やマズルがしっかり独立しているところはフォーリンともいえます。
最新のDNA鑑定によるネコ分類
動物学上のネコ(オオヤマネコではない小中型のネコ)は、大きく分けてリビアヤマネコの亜種とベンガルヤマネコの亜種に分けられます。
ベンガルヤマネコ(出典:ウィキメディア・コモンズ)
体躯はフォーリン。東南アジアを中心として生息している豹柄のヤマネコ。日本のイリオモテヤマネコ、ツシマヤマネコはこの亜種。猫種ベンガルの原型。
2007年、英オックスフォード大のカルロス・ドリスコール(Carlos Driscoll)氏らにより1044頭のイエネコ・ヤマネコのDNA解析を行った結果、全世界のイエネコ、及びヤマネコの亜種(ヨーロッパヤマネコ、近東・中央アジア・南部アフリカのヤマネコ、中国北部のハイイロネコ)はリビアヤマネコ(学名:F.s.lybica)を起源としていることがサイエンス誌に発表されました。
調査データを確認したところ、日本のドメスティックキャットは31頭参加しており、鑑定できた28頭はすべてヨーロッパの亜種を起源に持つことが判明しました(図の緑のグループ)。
中国西部の黄色のグループを起源としている訳ではないという結果ですが、中国の猫はわずか7頭(うち結果が出たのは4頭)しか含まれておらず、しかも中国西部の猫のみ。
(青海省西寧市の4頭のうち1頭は日本猫の結果と同じヨーロッパのグループという結果が出ている。)
肝心な唐の領域であった中国南東部の猫は含まれておらず、残念ながら唐猫と日本猫との関連に関しては推測ができません。
同様の調査結果は、2008年1月末、米カリフォルニア大デービス校にて家猫の遺伝子病研究などを行っているレスリー.A.ライアンズ博士の研究室からも発表されており、11,000頭以上もの猫が対象になっています。
こちらも中国産の猫がどれだけ含まれているか不明ですが、いくつか興味深い事実が判明しています。
- 全てのイエネコのルーツは中東(トルコ周辺)から広まったことが考えられる。(つまりリビアヤマネコから)
- イエネコの遺伝的な繋がりは、ヨーロッパ/地中海沿岸/アフリカ東部/アジアの4つのグループに分けられる。
- アメリカ産であるメイン・クーンとアメリカン・ショートヘアは、西ヨーロッパの猫と類似しており、遺伝的には分化していない。
- ペルシャは、中近東がルーツと考えられていたが実は遺伝的な関連がなく、西ヨーロッパの猫と密接に関連していることがわかった。
- アジアの猫種のうち、ジャパニーズ・ボブテイルのみ、西洋の猫と遺伝的な繋がりがあった。ただしアジアの影響も若干受けている。
(加えて、現在の猫には200以上の遺伝病が見つかっており、その大部分は純血猫から。現在50ある猫種のうち34種類は過去50年間に作られたもの。ブリーダーは遺伝病を避けプールを広げる交配を行ううえで、この遺伝子情報に注目するよう警笛を鳴らしています。)
新説「日本猫=コビー+αフォーリン」
これら事実から日本猫についてわかりやすく言うと、ブリティッシュ・ショートヘアやアメリカン・ショートヘア等と同じグループで、若干アジア系のベンガルやシャムのような血も入っている、ということになります。
ブリティッシュ・ショートヘア/アメリカン・ショートヘア(出典:ウィキメディア・コモンズ)
ベンガル/シャム(出典:ウィキメディア・コモンズ)
この事実は、先に述べたコビーとフォーリンを兼ね備えた日本古来の猫図の特徴とマッチしており、違和感は感じられません。
また、日本人がアメリカン・ショートヘアやスコティッシュ・フォールド(ベースはブリティッシュ・ショートヘア)に愛着を感じるのも、日本猫とルーツが同じであれば自然な感覚に思えます。
結論として、日本の史実・DNAゲノムから
という推測ができます。
次回は、ジャパニーズボブテイル(短尾)等について掘り下げて配信予定です。
つづく
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