4.特に人食用魚介類の基準はユルい

厚生労働省は暫定基準案を出すうえで、
飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律(飼安法)」で決められているMAX量を与えてみて、残留していた量を測り、それをベースに暫定基準値を定める
もしくは、主要畜水産国の基準値を参考にして値を決定していきました。(畜水産品に関するデータは農林水産省から提供)
「BHT」を例にとると最も残存量が多かった部類では、

ウナギ
1.9mg/kg
サケ
1.6mg/kg
鶏の肝臓・腎臓以外の内臓
1.6mg/kg

という結果になっています。これを受けて、当初平成16年の暫定基準は、サケ2mg/kgという、上記の検査に近い数値となりました。
しかし、平成17年に農林水産省から

「検出・定量限界値について、残留試験成績等を検討したところ、検出・定量限界値を訂正する」
「エトキシキンについては、ブリ(スズキ目魚類)の可食部における残留試験の結果、0.51ppm(ppm = mg/kg)であるとのデータが得られている」
「養魚飼料中の添加濃度が12.8ppmの場合、ブリの可食部における残留試験の結果、8.4ppmであるとのデータが得られている」

と意見具申がありました。
そして最終的な暫定基準は、

サケ目

エトキシキン残存基準値
0.05mg/kg以下→1mg/kg以下
BHT残存基準値
2mg/kg以下→10mg/kg以下
BHA残存基準値
0.05mg/kg以下→変更なし

ウナギ目

エトキシキン残存量
0.05mg/kg以下→1mg/kg以下
BHT残存基準値
2mg/kg以下→10mg/kg以下
BHA残存量
基準値なし→0.05mg/kg以下

スズキ目

エトキシキン残存基準値:0.05mg/kg以下→1mg/kg以下
BHT残存基準値:0.3mg/kg以下→10mg/kg以下
BHA残存基準値:残存量 基準値なし→0.05mg/kg以下

上記以外の魚類

エトキシキン残存基準値:0.05mg/kg以下→1mg/kg以下
BHT残存基準値:0.2mg/kg以下→10mg/kg以下
BHA残存基準値:0.05mg/kg以下→変更なし
・・・と変更されました。
はたしてこれは妥当な数値なのでしょうか?
なぜ、BHAに比べエトキシキンやBHTが異様にユルくなったのか、そもそも濃度が高くとも影響がないものか、食品添加物の公定書を調べてみました。
そこでは、体重50kgの人が毎日一生食べ続けても健康に問題ない、1日あたりの許容量=ADIが定められています。(動物実験結果に基づいた値)

エトキシキンのADI
0〜0.06mg/kg/day
BHTのADI
0〜0.3mg/kg/day
BHAのADI
0〜0.5mg/kg/day

BHT、BHAともADI値はさほど変わらず、むしろBHTの方が低いのに、なぜ暫定基準値はBHTのほうが20倍も高いのでしょう??
エトキシキンのADIは極微量なのに、残存してよい量は1mg/kg以下なのでしょう??

これはどういう経緯で変更されたのでしょうか?さらに詳細を紐解いてみました。
これらの物質は過去に、油脂、バター、魚介乾製品、魚介塩蔵品および乾燥うらごしいも、魚介類を冷凍保存する液体に使用されてきており、厚生労働省の定める残存量の範囲で使用が許可されてきました。

経緯抜粋

昭和48年から実施の基準値
油脂、バター、魚介乾製品、魚介塩蔵品および乾燥うらごしいも
残存量はBHAとBHT合わせて0.2g/kg以下
魚介冷凍品(生食用冷凍鮮魚介類および生食用冷凍かきを除く。)および鯨冷凍品(生食用冷凍鯨肉を除く。)
浸せき液1kgにつき両者の合計量が1g以下
検討段階における平成16年の暫定基準
エトキシキン
0.05mg/kg以下(検出限界値と同一。つまり限りなく0にということ)
BHT
0.2〜2mg/kg以下
BHA
0.05mg/kg以下(検出限界値と同一。つまり限りなく0にということ)
平成17年の暫定基準
エトキシキン
1mg/kg以下
BHT
10mg/kg以下
BHA
0.05mg/kg以下

平成16年の案から変更された平成17年のエトキシキン・BHA・BHT暫定基準値は、水産食品衛生協議会からの要望で変更された経緯がありました。水産食品衛生協議会とは主に水産事業者によって構成されている団体です。水産食品衛生協議会と厚生労働省の質問・回答は下記のとおりです。

意見具申)水産食品衛生協議会

「エトキシキン、ジブチルヒドロキシトルエン(BHT)、ブチルヒドロキシアニソール(BHA
サケ目魚類、ウナギ目魚類、スズキ目魚類、上記以外
の魚類十脚目甲殻類、上記以外の甲殻類
特にADI を踏まえていない定量限界値による規制に関しては、『飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律』等の法令に従い適切に生産管理を行なったとしても、畜水産物中での代謝の状態によっては基準を超えて検出される可能性が懸念される。『飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律』との調和を図るとともに、それぞれの物質についてADI、残留の実態等を踏まえた上でより科学的に暫定基準の設定検討をお願いします。(飼料原料については酸化防止剤の残存量が一定以上ないと生産国が輸出できない場合がある。)」

回答)厚生労働省

ジブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール及びエトキシキンにつきましては、別途、農林水産省動物用医薬品等主管課長より既提出の定量限界値等を訂正した値が提示されたことから、暫定基準を修正し、最終案として公表します。
なお、別途提示された訂正値につきましては、平成17年3月2日農薬・動物用医薬品部会資料3-3-2
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/dl/s0302-3i1.pdf[→PCサイト])を御参照下さい。」

もう一度、水産食品衛生協議会の意見具申)を意訳せずに要約してみます。
水産物に対するエトキシキン・BHA・BHTの暫定基準値について。毎日摂取してもOKな許容量(ADI)を踏まえておらず、飼料の安全性を考えた法律にのっとって正しく生産しても、養殖の水産物中の代謝の状態によっては、基準を超える可能性があり懸念している。飼料の法律と調和をとって、毎日摂取してもOKな許容量、残存の実態をふまえて科学的な基準を設定してください。(餌の原料には、酸化防止剤がある程度入っていないと輸出してくれないものがある。)」
意訳すると、
「毎日摂取してもOKな許容量はもっと多くていいはずで、今の飼料の与えていい量に対して基準を満たすのは無理だから見直して。(輸入原料ではそれなりに酸化防止剤が入っていないと輸出してくれない国もあるし。)」と言いたいのだと思います。(水産食品衛生協議会側は。)
その回答)にある農林水産省が再検討し訂正された値は、エトキシキンとBHTのみ高く設定されたわけです。
先ほど書いたとおり、

BHTのADI
0〜0.3mg/kg/day

であり、本来は平成16年度の暫定基準3mg/kgすら高いはずなのに、どうして更に数倍も高い値に変更するのでしょう。「ADIを踏まえて」はおらず、単純に現状の都合どおりに変更されたとしか思えません。
エトキシキンに関しても同じ経緯で、0.05mg/kg→1mg/kgへと変更されました。
平成19年、厚生労働省により「ポジティブリスト制」が開始されました。これは消費者の食の安全を守るため、人体に影響を与えることがわかっている成分が基準値以上残存していたら販売を禁止する、というものです*1
今まで述べてきたここ数年の基準値見直しはポジティブリスト制度実施の前準備作業によるものでした。この制度自体は、従来は成分によって基準の定義がバラバラであったものが、統一フォーマットで整理されており、どの成分がその食品にどれだけ残存してはいけないのか一目でわかるようになり明確なものです。
ただしリストを見ていくと、BHTに限らず他の薬物でも、水産物のみ他の食品に比べて異様に高いものが散見されます。
ペットフードのみならず自分が食べる食品においても「肉より魚のほうがよい」という認識は栄養素の話で、薬物の規制値は肉より水産物のほうが大幅にユルいということがわかりました。
特に養殖物の飼料や冷凍液へはBHA・BHTの使用は許可されており、水産物のエトキシキン・BHTの残存量基準はまだユルいのが現状です。(実質残存ゼロ基準になったのはBHAだけ。)

*1:ただし、この制度は問題が起きた場合に判断する基準であり、全製品の残存量分析を義務化するものではありません。